その11 釋尊伝(9)
〜 苦行@ 〜


出家を決意し城を後にしたゴータマは、まず2人の師のもとをたずねた。1人目はアーラーラ・カラーマといい、2人日はウッダカ・ラーマプックとい。2人は禅定の実践家であったが、その教えを一言でいうと「何事にもこだわらない」というものと「こだわらないということにもこだわらない」ということであっだ。ゴータマはしぱらくしてその奥義に達したが、求めていた心の満足感や安らぎを見ることができず、師のもとを去ることにした。
 ゴータマは次に苦行に道を求め、セーナ村という村でさとりを得るための苦行生活に入った。厳しい断食をはじめ、限界まで息を止めたり、無理な姿勢を続けたり、イバラ上に座ったりと、周りにいたものが「ゴータマは死んだ」とうわさするまでに、徹底的に自身を込んだ。しかし、結果としてゴータマはこの苦行さえも放棄してしまう。経典はこれを次のように伝える。
たとえ大樹を切り倒したとしても、その根を断ち切らなければ、樹木は再び成長する。それと同じく、限りない欲望の根源である闇を消し去らなけれぱ、この苦しみは再び繰り返される。(『ダンマパダ』)
 苦行では苦しみや悩みを克服し、さとりを手に入れることはできないということに気づいたのである。
 苦行を放棄したゴータマは、村の近くを流れるネーランジャラー河(尼連禅河)で沐浴することにした。体は長い苦行生活で汚れきっていただけではなく、体力を完全に消耗していた。だから、河に入り汚れを落としたものの岸に上がることができず、流れにさらわれてしまった。流されていく中で、ゴータマはさとりを求め出家したものの、その志し半ぱで命を終えていく覚悟をしたという。しかし、それをたまたま見ていた村の娘の助けを求める声に、若い男達が河に飛ぴ込み、彼を救い出した。岸に上げられたゴータマはその娘の与えたヤギの乳でできた粥を口にし、生きる気力と体力を取り戻したと言われている。この一部始終を見ていた5人の修行仲問は、「ゴーダマは堕落した」と思い、彼のもとを去っていった。
 ここに登場する村娘の名をスジャータという。今ではその名は現地の村の名前として残っている。日本ではコーヒーに入れるミルクの名として耳にすることがある。一応、筋の通った命名なのである。そして、彼のもとを去った5人は、さとりをひらいたゴータマが最初に法を説く相手として、もう少し後でまた登場する。
 さて、体力を回復したゴータマはピッパラ樹(後に菩提樹と呼ばれる)のもとに座り、「さとりをひらくまではこの場を動かない」という固い決意のもと瞑想に入った。ひたすら自己を内観することを通して、世の成り立ちと仕組み、そしてすべての物事に気づき、さとりを得るのである。以上が苦行から瞑想を経てさとりに至るまでの流れである。
 現在の日本の仏教には苦行に重きを置く仏道がある。また、瞑想に重き置く仏道もある。では真宗は何に重きを置いているのか。わたしはそれは乳粥であると思う。なぜか?。そのへんはまた次号で。


(近江第5組・正念寺/大谷高校教諭)





(2004/12発行 「湖南教化委員会報」34号より転載)






その12 釋尊伝(10)
〜 降魔 〜


 「現在の日本の仏教には苦行に重きを置く仏道がある。また、瞑想に重き置く仏道もある。では真宗は何に重きを置いているのか。わたしはそれは乳粥であると思う」。前回はこのような終わり方をした。なぜそう思うかというと、苦行を積み重ねてさとりを開くことも、瞑想により自己を厳しく問い直すこともできない凡夫に説かれた教えこそが「法を深く信じ、自己を自覚する」という他力の教えであると多くの先生に教えられてきたからである。乳粥は「自己を自覚する」ということを根本的に教えてくれているように思う。
 苦行に疲れたゴーダマは一人で岸から上がることもできなかった。さとりを手に入れるという望みも実現されぬままに、川の流れに身を任せ、命の終わりを覚悟したことであろう。それが、思いもかけぬ人の助けで救われ、苦行中は決して口にするなどとは思いもしなかった乳粥を食べ終わろうとし、思いもかけぬことで命をつないだ。まさに、この命は自分の思いではどうにもならない命であり、自分では気づかぬうちに多くの力に支えられて生きている。それが「自己の現実」である。そのことを深く自覚するところに開けるのが真宗なのではないだろうか。
 さて、体力を回復したゴーダマは菩提樹のもとで瞑想を深めた。真理に目覚めるまでの間に、実に数多くの「悪魔」が姿・形を変え襲ってきたと伝えられる。経典には次のようにある。
魔よ、私はおまえの正体を知り抜いている。おまえの第一の軍は「欲望」であり、第二の軍は「嫌悪」であり、第三の軍は「飢え」であり、第四の軍は「妄執」と世間で呼ばれている。おまえの第五の軍は「無気力の蔓延」であり、第六の軍は「恐怖」と呼ばれている。おまえの第七の軍は「疑い」であり、おまえの第八の軍は「偽善」と「頑なさ」と「邪に手に入れた利益・名声・尊敬・名誉」であり、「自分をほめたたえた他人を軽蔑すること」である。魔よこれらがおまえの軍勢である。(『スッタ・ニパータ』より)
これは実に厳しい言葉である。耳が痛いやら恥ずかしいやらを通り越してゾッとするものを感じる。横道にそれるが、私は出会う仏教の言葉にこの「ゾッとする」感覚を覚えることが多い。うまく表現できないが、ありがたいとか感動するとかいうよりも、すべてを見透かされたような、このそら恐ろしいまでの「ゾッと感」を感じるのである。
 私たちも「魔がさす」という表現を用い、普段の自分では考えられないことをしでかしたときの言い訳を使う。つまり悪いことをしたのは私のせいではなく、「魔」のせいだというのだ。しかし、先の言葉に明らかように、魔は私の外≠ノあるのではなく私の内≠ノあるのである。イライラしたり、悩んだり、嫉妬したりする私たちであるが、その「因」は私の外≠ノあるのではなく私の内≠ノ存在するのである。
 「魔がさした」というその「魔」は、実はこの私が普段から大事に、そして屈強になれと育てている魔なのである。



(近江第5組・正念寺/大谷高校教諭)





(2005/01発行 「湖南教化委員会報」35号より転載)





その13 釋尊伝(11)
〜 成道 〜


 菩提樹のもとでの、魔との戦いは終結を迎え、ゴータマは「魔は破れたり。」と宣言した。我々が魔に勝つことができない最も大きな要因は、その魔を自分の外に置くからである。「私がしんどいのはあいつのせいだ」とか「あれさえ手に入れば私は幸せなのに」といった、物事の見方である。それは苦楽の原因を全て私の外に置いた見方である。しかし、ゴータマは魔を自身の内にあると見て、それを打ち破ったのである。どこまでも眼を内に向けて物事を見ていくのを内観という。
 ゴータマに内観を通して見えてきたものは何だったのであろうか。それは平たく言うと「私が私としてあることを支えているものは何か」ということではないだろうか。
これ有るときかれ有り、これ生ずるよりかれ生ず。 これ無きときかれ無く、これ滅するよりかれ滅するか。 (『ウダーナ』より)
 これは縁起の法と呼ばれるのだが、学生の頃、この話を聞いてどうもよく分からないといった生徒が先生に質問をしたのを覚えている。
「先生は、他との関係を全て切った、完全に独立した私というものはありえないとおっしゃいますがどういうことですか。」
それはあなたが『私』というときは、あなたに『私』と呼ぶことを許している誰かがいるということですよ。一人だったらあなたも私もないでしょ。」
「よく分かりません」
「じゃあ、あなた、『波』って知ってますよね。その波を海に行ってここへ持ってきてください。海水じゃないですよ。波ですよ。」
「それは無理です。」と答えたその生徒に先生はこう続けた。
「波はこの世に存在するかしないかというと明らかに存在します。しかし波に実在する姿・形というものはないのです。波は実在ではなく現象、つまりあらわれ≠ネのです。海水があれば波があるとは限りません。波が現れるには、風が必要です。また、船や地震が波を作ることもあります。
 地形も波の大きさや形を左右します。こう考えていくと、波はそれ自体が存在しているのではなく、水・風・地、それにその他の色々な要因が重なって初めて波ができているということがわかります。波はそれ自体で独立して存在しているのではないのです。その証拠に波をここに持ってくるということができないのです。人間も同じです。他との関係によって初めて成り立っているのが『私』なのです。」
 波は海水が風を縁として生じた現象である。だから、風が無くなれば波も消える。私達もいろいろな縁によって今の私があるのである。縁に支えられて今があるのであり、縁が尽きれば滅していくのが私の命なのである。
 縁とは何か。それについても同じ先生に教わった話を紹介する。それは「なすび」を例にした話であった。
 なすびの種はなすびにしかならない。間違ってもかぼちゃやトマトの実は成さない。なすびの種は生まれながらにしてなすびになる因を有している。しかしその種はそのままではなすびにはならない。因を有する種が果である実を成すには実に様々な縁が必要なのである。まず、地の縁である。アスファルトの上に種を蒔いたら、いくら水をやり、肥えを与えても芽は出ない。この水や肥えも縁である。ツルが延びるように添え木を作ったり、日当たりが良くなるように工夫したり、その一つ一つが縁であり、その世話をする人もまた縁である。また、せっかく植えたのに犬が掘り返したり、烏がつっついたりしたらなすびはできない。これも縁である。雨が多い少ないとか、日差しが強い弱いとか、なすびの種から実が生じるまで実にいろいろな縁に左右される。だから一つとして全く同じなすびはできない。出会った縁によって果が決まるからである。あなたの命もこれと同じである。今のあなたを果とするならば、命を頂いてから今まで、実に様々な縁に出会い、その縁により今のあなたが決定されてきたのである。そしてまた、今のあなたが因となり、様々な縁と出会って、新たな果であるまだ見ぬあなたへと向かっているのです。

 釈尊が明らかにされた道理、「縁起の法」はこのようなものである。仏教ではよく「縁を大切に」と言われるが、これからのあなたがどうなるかは全て縁に依るのだというこの道理から言われているのである。今回、私がいただいた「湖南地区報に釈尊伝について何かを書きなさい」という縁は今回で尽きました。私自身が育てられました。またのご縁を。
【完】




(近江第5組・正念寺/大谷高校教諭)





(2005/06発行 「湖南教化委員会報」36号より転載)





その1〜5へ
その6〜10へ




to index flame