【はじめに】
 私たちが死すべき生を生きている以上、蓮如(れんにょ)上人が教えてくださるように 死は老いも若いも関係ありません。私も寺で住職をしている経験でそれを理解できます。
 まず葬式云々以前に「私の宗教は何なのか」を理解しておいてください。
 もし昔から良覚寺の門徒(もんと)ならば、浄土真宗の教えとはどのようなものか、良覚寺とはどのような寺なのか、良覚寺はどこにあるのか、住職はどのような男なのか、知っておいてください。また真宗大谷派(お東)の御門徒で、郷里が遠く葬式を良覚寺で頼みたい方。浄土真宗の教えに感動し葬儀は浄土真宗で勤めたいというお考えの方も同じことです。そういう方は、良覚寺をご理解いただいた上で浄土真宗の教えを聞いていこうと思われるなら、良覚寺を手次寺(てつぎでら)とし(複雑な手続きがあるわけではありません。住職に「良覚寺の門徒になりたい」と言ってくださればいいのです)、生前に「帰敬式」をお受けください。
 もちろん親しい人を亡くしてから良覚寺と縁を結んでいただいても問題はありません。ただ全く知らない人の葬儀を淡々と勤めるより、縁を結んだ人の葬儀を勤めたいと思うだけです。




◇ 枕経 ◇

【臨終直後】
 親しい人が亡くなった直後は悲しみと混乱で取り乱すのは当たり前です。少し落ち着かれたら、しっかりしている人が中心になって葬儀の準備を始めてください。
 まず近い親戚に連絡です。
 そして次に「良覚寺(Tel.562-1115)」に、親しい人が亡くなったことをご連絡ください。病院からでも結構です。その時に誰が亡くなったのか、家に帰られる時間はだいたい何時になるのかをお伝えください。仮に良覚寺が留守でも、留守番電話に音声を入れると住職の携帯電話に飛ぶようになっております。また良覚寺報「無上尊」「愚身」には住職の携帯電話の番号が書かれています。普段から注意してみておいてください。
 その後、おそらく葬祭業者に依頼となるかと思われます。
 葬儀会館のような場所で葬儀を勤めるにしても「本通夜」からです。「枕経」「仮通夜」は家で勤めてください。最近は御遺体を葬祭業者が運ぶことが多いようです。ここで「枕経と仮通夜は、故人が家の御本尊の前で勤めるので家にお運びください」と明言してください。蛇足ですが草津市の葬儀会館には、しっかりと「仮通夜」を勤める場所がありません。
 御遺体が家に帰られる前に、仏間を整理整頓しておいてください。お内仏の荘厳は平生のままで結構です。ご近所への連絡もお忘れなく。
 御遺体が家に帰られたら、お内仏の前に安置します。もしお内仏がない場合は、「南無阿弥陀仏」の名号の掛け軸を掛けます。それもない場合は住職にその旨お伝えください。「三つ折り本尊」という小さい御本尊をお持ちします。
 御遺体を安置する向きは「北枕」となります。これは仏教の教祖(教主)・釋尊が入滅される時、頭を北に、顔を西に向けておられたことに由来し、仏教徒は釋尊の入滅のお姿を踏襲し、臨終のお勤めをするのです。この「北」ですが、これは御本尊に向かって右と決まっております。西方浄土と言われるように、浄土を「西」とすると「右が北」になるからです。つまり実際の方角でなくてもよいのです。
 故人が帰敬式を受け法名を名告られている場合、その法名を書いた本山・真宗本廟(東本願寺)から下付された紙が必ずあるはずです。これの準備もしておいてください。他宗派で法名や戒名を受けておられる方がたまにあります。基本的にこれは改めて住職が法名を付け直します。
 ある程度用意が調ったならば、再度「良覚寺(Tel.562-1115)」に連絡です。その連絡を受けて、住職は「枕経」を勤めに参ります。


【枕経(まくらきょう)とは?】
 親しい人が亡くなった時、最初に勤める仏事が「枕経」です。これは「枕勤め」とも「臨終勤行」ともいわれます。
 「枕経」は亡き人と遺った者が共に勤める最後の勤行です。亡き人と共に過ごしてきた時間を思い出し、亡き人と共に拝んできた御本尊の前で、亡き人と共に最後のお勤めをするわけです。
 喪主、親族、親戚、近所の人は、葬儀の準備の手を一端止めて、仏間に参集し共に「枕経」を勤めます。
 この「枕経」の時に、生前に帰敬式を受式されず法名のない方のみ住職が帰敬式を執行します。


【枕経の時に】
 「枕経」が終わりましたら、通夜・葬儀式の流れ、時間等の簡単な打ち合わせをします。葬儀の日時に関して「友引(ともびき)」など暦を理由に決定することは致しません。
 「枕経」の時に良覚寺の住職は「できるだけ早く決定して欲しいこと」「葬儀の混乱の中で忘れがちであるが大切なこと」を書いた紙を持参します。「仮通夜」までにご相談いただきご連絡ください。
 まず「院号法名」の有無。「帰敬式/院号法名って?」にも書きましたが、真宗門徒の法名は「釋○○」。院号法名は絶対に必要なものではりません。「院号法名」は本山から8万円の寄進の賞典として下付されます。様々な手続きの関係上、これを故人の遺志を思い出し、親族の思いを相談し、早急に決定してください。
 次に「招待僧侶」の数。これは他の寺院のご都合もありますので、早急にご相談いただき決定してください。矢橋・新浜で葬儀式を行う場合、どのお寺の僧侶を招待するのか決まっていますが、寺院名を思い出せない場合が多々あるようですので寺院名を書いてお持ちしています。
 ご親戚の方が僧侶を招待される場合もあります。「仮通夜」の時、宗派名と寺院名を住職にお伝えください。蛇足ですが親戚招待の場合、浄土真宗の寺院ならその方に「装束は色衣・七条袈裟・袴なし」とお伝えください。最近は少なくなりましたが、楽師を呼ばれる場合は住職にお知らせください。
 また、僧侶の休憩所、駐車場はどこなのか、決定しお教えください。




◇ 通夜 ◇

【仮通夜とは?】
 臨終の次ぎの日に葬儀ということはめったにありません。1日か2日、時間をおきます。親しい人を亡くして直ぐに葬儀、火葬、埋葬とはできない心の問題もあるでしょうし、葬儀に対する準備期間でもあるのでしょう。
 臨終当日の夜、遺族や親族だけで行う通夜が「仮通夜(かりつや)」です。これに対して、葬儀式の前の日の夜のお勤めを「本通夜(ほんつや)」といいいます。
 「仮通夜」は親戚通夜とも呼ばれます。本来の「通夜(夜伽)」とは、故人の近親者が故人を憶念し静かに努めるものでした。しかし近年は日中に勤まる葬儀に仕事等の関係で参詣できない人が来られます。葬儀より参詣者が多いこともあります。「仮通夜」は通夜の本義にかえり、故人と本当に親しかった方だけで勤めます。
 「枕経」にも書きましたが、葬祭業者が運営する葬儀場のような場所で葬儀を勤められる場合でも、「仮通夜」は家で勤めて下さい。葬祭業者が御遺体を運ぶ時に、「枕経と仮通夜は家で勤めます」と明言しないと、葬祭業者は葬儀場に直行します。草津の葬儀場には「枕経」「仮通夜」をしっかりと勤められる場所はありません。
 住職は「仮通夜」の時、「法名札(白木の位牌のようなもの)」、「納棺名号(のうかんみょうごう)」を持参します。
 「仮通夜」に関して良覚寺では住職が参勤するようにしていますが、土地の風習、お寺の考え方で僧侶が参らない場合がありますので、ご注意ください。


【仮通夜の大切さ】
 現在の葬儀の流れをみますと、親族がゆっくりと故人を思い出したり、故人とどのような出会い方をしてきたのかを確認するような時間はありません。通夜・葬儀は会葬者への挨拶に終始していまいますし(これは間違いです)、次から次へと準備しなければならいことが山積です。
 ですから親族が故人を憶念しお勤めに参加できる時間は「仮通夜」しかないかもしれません。
 そういう意味で、近年「仮通夜」は非常に大切な意味があるといえます。


【仮通夜の勤行とオリエンテーション】
   「仮通夜」では「正信偈(しょうしんげ)」を勤めます。時間は30分弱。お勤めに使う「勤行本(ごんぎょうぼん)」は、時間が空いた時に家人が取りに来ていただくか、場合によっては住職が人数分持参します。この勤行本は中陰が終わるまで家に置いておいて頂いて結構です。
 「仮通夜」のお勤めの後、「本通夜」「葬儀」の流れ、注意事項を確認するためのオリエンテーションを、喪主を中心としたそこに居る人全員で行います。
 私(住職)の経験ですが、喪主・葬儀委員長とだけ打ち合わせをした場合、必ずミスがある。喪主や葬儀委員長は葬儀まで多忙ですから仕方がないことです。それを解消するために、親族を交えたかたちで確認しなければならないことを確認し、質問があれば受けるようにしました。そうすると親族全員で流れを確認し合えるわけです。
 この時、私は「中陰日程表」のたたき台を持参します。「中陰日程表」は葬儀の後の御斎(おとき/食事)の場で親族・親戚・ご近所の方々に配布することがベストです。ですから「仮通夜」の時に、たたき台をお渡しし、翌日までにご相談いただくようにしております。ご相談いただいたことを考慮に入れ、「本通夜」の時に配布数だけこちらでコピーし持参します。
 またその場で知らず知らずに行っている因習の問題点をお伝えするようにもしております。


【本通夜まで】
 本通夜の当日、まず「納棺(のうかん)」があります(最近は業者が行う)。注意事項として「死装束」は必要ありません。杖、刃物、六文銭等を入れないでください。故人は死出に旅に出られるのではなく、浄土に命を還されたのです。納棺の時に「納棺名号」をお入れください。
 また最近では、本通夜までに葬儀壇(斎壇/祭壇/荘厳壇)を作ります。これも今ではほとんど業者が作るようですから、私(住職)から業者に言うべきことなのでしょうが、御本尊が中心の斎壇を作るようにご注意ください。葬儀の中心はあくまで御本尊です。ただ、華美になり過ぎる必要はないでしょう。
 喪主はこの時間を使い、通夜参列者への挨拶を考えます。「参列の御礼」「故人の最期の様子」「故人の略歴」「遺族・親族への協力依頼」 「葬儀への参列案内」「最後に故人が生涯の中で受けた御恩に対して御礼」 などが内容となります。昨今こういったもののマニュアルがあるようで、喋られる内容が似ています。ご自分のお言葉で考えた挨拶の方が心を打ちます。ここをご参照ください。


【通夜】
 まず喪主以下親族の座る位置ですが、一番前でお勤めしてください。昨今の風潮で通夜に参列された方への挨拶のために一番後ろに座ることがありますが、これは本義ではありません。世間一般でそうなっているから仕方がない部分もありますので、きつくは言いません。しかし本来ではないことをしているのだ≠ニいうことを知っておいてください。これは葬儀式でも同じです。喪主は一番前に座り、そこから動きません。
 ある葬儀の時、「葬儀・通夜の勤行中に喪主が参列者に挨拶をすることは本来ではない。しかし世間の風潮としてそうなっている。だから挨拶は仕方ないが、御本尊に背を向けないように、大きい声で御礼の言葉を述べるのではなく黙礼にするように」とお伝えしたところ、「本来がそうなら、葬儀・通夜の勤行中に喪主は参列者に挨拶をする必要はない」と、喪主・親族は一番前で最後までお勤めくださいました。後で親族の方から、「何回か葬式をしたが、今回は初めて葬儀中に故人を偲ぶことができた。ありがとう」と言われました。
 これは葬儀に参列する時のマナーとしても知っておいてください。葬儀・通夜で本来ではない≠ッれど、喪主・親族が末席で悔やみ受けをされている場合、わざわざ大きい声で挨拶をすることは、逆に失礼にあたります。
 誰かが亡くなった時、一番悲しいのは親族でしょう?。故人の面影、故人との関係、故人との出会い方など、通夜・葬儀の間に憶念させてあげるのが本義ではないでしょうか?。親しい人の死を通して、ゆっくりと学ぶべきことを学ばせてあげるのが正しいのではないでしょうか?。


【通夜の勤行】
 良覚寺での「本通夜」の式次第は
  表白、阿弥陀経(この時焼香)、短念仏、三重念仏、懸和讃、回向
  (以下全員で勤行)正信偈、念仏和讃次第六首、回向
  法話
  喪主挨拶
となります。「正信偈(しょうしんげ)」からは全員でお勤めします。家で勤められる時、参列者は家の大きさの関係から外に出なければならない場合が多いようです。外で参列される場合も世間話などせず、一緒に「正信偈」を勤めてください。
 私の知人が亡くなり、僧侶の装束ではなく普通の格好で通夜に参列した時の話です。ある葬儀社の社員が外で勧誘≠されていました。私は自分の職業を名乗らずに「そういうことは止めてください」と言いましたが、怪訝な顔をされました。私は中で勤めることが多いので気付きませんでしたが、風潮としてそうすることが当たり前になっているのです。もし、そういうことを見かけたならば、誰かが注意するべきです。
 葬儀社が運営する葬儀場で通夜を行う時、良覚寺から「勤行本(ごんぎょうぼん)」を持参できないことがあります。真宗門徒の家には必ず「勤行本」があるはずです。通夜に参詣される時は、念珠と共に「勤行本」をご持参ください。







□ 新しい仏事へ □
□ 行事予定へ □




to index flame