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たった一人のふくれっ面が家庭全部を暗くする「念仏したら、南無阿弥陀仏を称えたら、家庭円満になりますよ」と受け取れません?。「暗い顔はダメよ。念仏したら笑顔が止まらなくて、みんなが幸せになれますよ」って聞こえるんだけど。これをを見ただけでムカムカするのはカルシュウムが足りないせいなのか。。。
家庭円満は南無阿弥陀仏から
笑顔が一番
たった一人のふくれっ面を通して問われる私私≠ェ抜け落ちた南無阿弥陀仏なんてないと思います。仏教を聞いても現実を上手く生きることはできないですよ。
家庭不和を通して問われる私
笑顔になれない現実を通して問われる私
【寺密度 ベスト5】ちなみに観光寺院が多数ある京都は11位、奈良は13位だそうです。
1 滋賀県
2 福井県
3 島根県
4 富山県
5 山梨県
お経は日本語で 意味不明でありがたいのか戸次氏は大谷派のなかでも、日本語(現代語)でお経を読む取り組みを先駆的に行っておられる方です。私自身、儀式のなかの漢文のお経──意味の分からないお経を読む意味が分かりかねます。儀式が南無阿弥陀仏を表現するものから、ただの因習となっている原因は、そういったことに起因しているのかもしれません。
戸次公正 真宗大谷派南溟寺(大阪府泉大津市)住職私は20年ほど前から法事の場で、お経を現代日本語訳で読む試みをしています。ふつうは僧侶が漢文で音読するのを、皆が後ろで聞いているだけです。私はこうした旧来の作法にのっとった法事もしますが、その場合でも、訓読(読みくだし文を読む)もふくめた、現代語訳のお経のテキストを配って、参加者と一緒に朗読するお勤めも加えています。
私は寺に生まれ育ちながら、子ども心に「珍紛漢文・意味不明」の読経に疑問を抱いてきました。キリスト教の聖書みたいに読んでわかるお経はなぜないのか、と思いながら。
大学で仏教を学び始めた頃、たまたま木津無庵という人が編纂した本邦初の日本語訳のお経に出会いました。大正時代に作られた『新訳仏教聖典』という本です。現在、復刻もされています。それをもとにして形を変えたものが、今では主要なホテルの客室に聖書と並んで常備されている仏教聖典となりました。
それらを資料にして私は独白のお経の本を作りました。内容は『浄土三部経』を抄出意訳したものと、親鸞聖人がつくった宗教詩『正信備』や『三帰依文』(仏教徒の誓いの言葉)の拙訳などで構成しています。これらを私は法事の場で朗読しています。たとえば回向文の「願以此功徳/平等施一切/同発菩提心/往生安楽国」は、「み仏の願いの大きなはたらきが、すべてのいのちに平等に恵まれて、めざめを求める心をひとつにして、共に生きる世界に向かって終わりのない歩みを続けていくことを」と読みます。
やり始めた当初は、お年寄りには違和感を持たれ、かなり反発されました。でも青少年には受け入れられました。何よりも法事の間、黙って座って意味のわからぬお経を聞かされているよりいい、退屈しない、と好評です。「へえ、お経ってこんなことが書いてあるんだ」と驚き、質問してくるのも若者です。 私は日本の仏教徒の最大の忘れ物は、すべてのお経(一切経・大蔵経)の日本語訳が未完のままであることだと考えています。それは江戸時代の檀家制度で習俗化され、宗派意識で儀式化されてきた仏教が、お経を漢文で読誦する伝統のみを荘重なものとして保守し、固執しつづけているからではないでしょうか。
お経を現代日本語訳で読むことへの抵抗が一番強いのは宗門の僧侶たちです。中には賛同者もいますが、多くは「ありがたみがない」「漢文でないと深い意味が伝わらない」などと言います。これでは仏教は迷信と変わらなくなってしまいます。
お経とは、目覚めた人・仏陀の教えです。それは「慰霊鎮魂の呪文」ではなく、個々の自覚と他者との共存の智慧と実践の書です。お経の根底には、非戦平和の願いと、あらゆるいのちあるもの(衆生)と共に生きるという精神が流れています。読んでわかり、聞いてうなずけるお経に遇うことが機縁となってこそ、より奥深い仏典の世界へのアプローチが広がるものと確信しています。
(「朝日新聞」2009年9月24日朝刊/「オピニオン〜私の視点×4」)
源空(げんくう)光明はなたしめというものがあります。法然上人は光をはなつように、御縁のある友に生き方をみせておられた。その内容は、賢いとか愚かとか、身分が上とか下とか、世間の価値観で人間をはかることをされたなかったのだ、と。つまり、親鸞聖人は法然上人の生き方を通して、法然上人が信じられた浄土の真宗が真だと頷かれたのですよ。
門徒につねにみせしめき
賢哲(けんてつ)愚夫(ぐふ)もえらばれず
豪貴(ごうき)鄙賎(ひせん)も へだてなし
一 蓮如上人、細々、御兄弟衆等に、御足を御みせ候う。御わらじの緒、くい入り、きらりと御入り候う。「かように、京・田舎、御自身は、御辛労候いて、仏法を仰せひらかれ候う」由、仰せられ候いしと云々晩年の蓮如さんの足には草鞋の跡がくっきりのこっていた、京都といわず地方といわず、ご自分の足で歩いて布教をされた、ということですね。親鸞(しんらん)聖人一流(親鸞聖人からの一つの流れ)、本願念佛、信心為本の教えを人々に伝えるために、蓮如上人は自分の足で歩かれた≠けです。今という時代に僧侶をやってるボクに最も足りないのは、この行動力なんだと思いますよ。何ちゅうか、理屈ばっかりで身体が動かないというか。
もっともよい教師は、子どもとともに笑う教師であり、もっとも悪い教師は、子どもを笑う教師であるというものがあります。ドキッとしませんか?。よく、「大人は子どもの視点に立つべきだ」とか言いますが、その表現も大人が子どもに下りるという感じがします。つまり、大人=上、子ども=下という概念からは解放されていない。ニールの言う「ともに笑う」という場合、そこには上下関係はなく人と人の水平な関わりがあるだけです。一方、「子どもを笑う」とは完全な上から目線ですよね。未成熟な子どもを大人が上からみて、その未成熟な部分を笑うんやから。
住職や坊守は寺に住む門徒(もんと)であるこの言葉が耳に残っています。
念佛の衆生というも、衆生であるかぎり苦悩の衆生である上記の「住職や坊守は寺に住む門徒(もんと)である」に通底する言葉であると思いました。
「宗門各位に告ぐ(宗門白書)」 宗務総長 宮谷法含
一、宗門の実情
いまの宗門は、五年後に宗祖聖人の七百回御遠忌を迎えようとしている。しかも、御遠忌を迎えて、われらは一体何を為すべきかの一途が明らかでない。宗門全体が足なみをそろえて進むべき態勢が整うているとはおもわれない。このままでは御遠忌が却って聖人の御恩徳を汚しはせぬかとの声をも聞き胸をも打たれる次第である。この憂うべき宗門の混迷は、どこに原因するのか。宗門が仏道を求める真剣さを失い、如来の教法を自他に明らかにする本務に、あまりにも怠慢であるからではないか。今日宗門はながい間の仏教的因習によつて、その形態を保つているにすぎない現状である。寺院には青年の参詣は少なく、従って青壮年との溝は日に日に深められてきているではないか。厳しくしそうが対立し、政治的経済的な不安のうずまく実際社会に、教化者は、決然として真宗の教法を伝道する仏法者としての自信を喪失しているではないか。寺院経済は逼迫し、あやしげな新興宗教は、門信徒の中に容赦なくその手をのばしてきている。教田の荒廃してゆく様は、まさに一目瞭然であるが、われらは果してこの実情を、本当に憂慮し、反省しているであろうか。まだ何とかなるという安易をむさぼる惰性に腰かけているのではないか。
大谷派に一万の寺院、百万の門信徒があるといいながら、しかも真の仏法者を見つけ出すことに困難を覚える宗門になつてきているのである。極言するならば、われわれ、宗門人は七百年間、宗祖上人の遺徳の上に安逸をむさぼつて来たのである。いまや御遠忌を迎えんとしてわれら宗門人は、全身を挙げて深い懺悔をもたねばならない。単に御遠忌のにぎにぎしさを夢みることによつて、この現状を糊塗するようなことがあるならば、宗門は疑いもなく、歴史から冷やかに嘲笑を浴びるであろう。
宗門は今や厳粛な懺悔に基づく自己批判から再出発すべき関頭にきている。懺悔の基礎となるものは仏道を求めてやまぬ菩提心である。混迷に沈む宗門現下の実情を打破し、生々溌溂たる真宗教団の形成を可能にするものは、この懺悔と求道の実践よりほかにない。
二、教学について
明治のわが宗門に、清沢満之先生がおられたことは、何ものにもかえがたい幸せであつた。先生の日本思想史上における偉大な業蹟もさることながら、大谷派が徳川封建教学の桎梏から脱皮し、真宗の教学を、世界的視野に於て展開し得たことは、ひとえに、先生捨身の熱意によるものであつた。先生の薫陶を受けて幾多の人材が輩出し、大谷派の教学は、今日に至るまで、ゆるぎなき伝統の光を放つている。これは正しく宗門が誇るに足る日本仏教界の偉観である。
真宗の教学を、世界人類の教法として宣布することは刻下の急務である。その為には煩瑣な観念的学問となつて閉息している真宗教学を、純粋に宗祖の御心に還し、簡明にして生命に満ちた、本願念仏の教法を再現しなければならない。このとき如来と人間の分限を明らかにすることによつて、絶対他力の大道が衆生畢竟の道であることを、現代に明白にされた清沢先生の教学こそ、重大な意義をもつものであることを知るのである。
「我々が信奉する本願他力の宗義に基き我々に於いて最大事件なる自已の信念の確立の上に、其の信仰を他に伝える、即ち自信教人信の誠を尽すべき人物を養成する」とは先生の有名な、真宗大学開校の辞であるが、これはそのまま、宗門教学の根幹を示すことばである。教学振興は宗門行改の看板に掲げる空辞であつてはならない。具体的事実に基づいて、信の人の養成に一派の教学活動は集注さるべきものである。
静かに宗門頽廃の主因をも尋ねあらゆる困難を克服して、教学施設の充実と、自信教人信の人材を養成することに渾身の努力を払わなければ、宗門は内部から枯渇し、崩壊して、時代の前に無力無能の形骸を曝すことになるであろう。
三、財務について
宗門の財政が、宗門人の懇志によって運営される.ことは、教団として当然の姿である。われらの宗門を、われらの手によつて護持発展させることは、宗門人の責任であり、誇りでもあるからである。しかるに、宗門財政が年々歳々異常な困難に逢着することは、まことに遺憾なことである。宗務とは募財に苦慮することを指すかの観すら呈している。
年間数億円の予算は、現下の経済事情からして、決して多額に過ぎるものではないであろう。問題は法義と相応しない募財の矛盾を解決してゆくところにある。同時に、宗務当局は宗門全体に諮つて納得のゆく予算を編成し、その使途に不信を招くようなことがあつてはならない。経理運用の上に正しい企画性をもち、冗費は極力はぶかれねばならない。それらの点に関し改善反省を要するもののあることが痛感される。わが宗門には明治以来、相続講というすぐれた機構が設けられて、宗門財政の大部分がまかなわれてきている。相読講の精神が、法義相続を本旨とするものであることはいうまでもないが、今日、その本末顛倒の観を呈していることに省みて、財務の上からも吾等は深くその非を思い、同朋教団の本意を体し共に共に自信教人信の一道に大勇猛心をもつて立直らなければならないであろう。
四、御遠忌について
宗祖に還れ。弘願真宗こそ如来出世の本懐である。親鸞教こそ四生の終帰であり、万国の極宗であり、人心の畢竟依である。信に迷い行に惑い、悪重く障り多き凡夫人が即時即刻、開明正定人となる大道こそ、聖人の浄土真宗である。
七百回忌大遠忌を五年後に迎える今日、全宗門が斉しくこの大道に帰してこそ、御遠忌厳修の所詮である。
宗門は挙げて、親鸞聖人の精神を現在に再現するために、全力をそそがねばならない。換言すれば、荒廃しつつある真宗教団を、速かに快復するために、御遠忌お待受の仕事の全部が傾注されなければならないのである。内に荒廃してゆく教団を見送りながらでは御遠忌の所詮は無い。僧俗力を協せ、一万の寺院百万の門徒が一つになつて、本願念仏の躍動する清新な教団を復興するよう、不惜身命の努力を捧げるべきときである。自明当然のことながら、真宗第二の再興を志願することを以て、御遠忌お待受の唯一絶対の指標としなければならない。この志願に一路邁進することなくしては、宗門は御遠忌に際し、宗祖聖人の御影向を仰ぐことはできないであろう。願わくば、真宗をして真宗たらしめねばならぬという一点に宗門全体の意識を統一し、この指標の下に全身全霊を打ちこんで教団真個の力を培養して行きたいものである。
五、内局の決意
御遠忌準備という重大な責務を荷いての内局の所信はほぼ以上につきている。
ただ最後に一言を添えたいとおもう事は、草庵に隠れていたこの老骨を、この非常なときに、宗議会が一致して、はからずも宗務総長の職責に就かしめられた経緯についてである。その主要な原因は老骨の信や力を過信してのことではない。宗門最高の議決機関たる宗議会が、世俗的な政争を避ける為に議会外から、しかもこの老廃を迎えられたのであろうが、出た以上は責務を果たさねばならぬ。願わくば宗議会が宗門にふさわしい明朗な運営に終始せられんことを希んでやまぬ次第である。
宗務は今後五年、御遠忌事務と一体となるべきである。従って宗務機構と人事の刷新強化を早急にはからねばならぬ。御遠忌予算は、宗議会の要望もある如く、その次第軽重を定めて万全の遂行を企画する必要がある。
思えば、菲才不徳の身に余る大役である。為すところ、云うところ、不満も不足も多々あろうが、老骨の心情を諒とせられて、しばらくその責任を果させて頂きたい。宗議会をはじめ宗門各位が、善意の批判と全幅の協力を加えられんことを懇望するばかりである。
就任日ならずして、全国津々浦々から数多くの鄭重な激励の書面と言葉に接し、本内局に寄せられる懇念の厚さに、改めて宗門の現状と将来について決意を新たにさせられるものがある。ここに上局各位と相諮り、率直に所信を披瀝して宗門各位の賛同を乞い、仏法興隆の真義に生きる、真宗教団形成の一途に就きたいと念ずる次第である。
昭和三十一年四月三日