◇ 亡き人を偲びつつ… ◇

【二度の死】
 俳優の伊藤俊人さん(2002年往生・行年40歳)が亡くなった時は驚きました。『古畑任三郎』、『王様のレストラン』、『ショムニ』に出ていた個性派俳優で、これから脇役として息の長い活躍をされるだとうと思っていたので、若すぎる死に誰もが言葉を失ったのではないでしょうか?。
 葬儀式の時、葬儀委員長であった友人でもある脚本家の三谷幸喜さんが出棺の時に、こんな挨拶をされました(覚えておられる方もあるかも)。
人にはニ度死が訪れると言います。 一度はこうした別れ、そして二度目は誰も氏を思い出さなくなった時訪れると言います。 でも私は決して彼を忘れることはないでしょう。 ですから、彼は二度目の死が訪れることはないのです。
 この言葉、仏教寺院の住職としてすごく印象に残ってます。「人の二度の死」。一度目は肉体的な死、二度目は忘れ去られるという死。三谷さんは「安らかにお眠りください」などとおっしゃいません。「忘れない」と言われるのです。そこには「冥福を祈る」という言葉にある、亡き人を冥土(死後世界)に置いて、遺された者たちとの関係を絶つような、日本人特有の感覚はなく、「亡き人よ、いつまでも私のそばにいて欲しい」という非常に素直な心が表現されているように思うのです。


【亡き人から教えられる】
 ある月参りにて。
 その家には初めて行きました。仏間に通され、お内仏の横を見ると机があり、その上には10代半ばの男の子の写真と、サッカーボール、サッカーのユニフォームが置かれていました。
 お勤めを終えた後、奥さんに、「今日のお参りはこの方の命日参りですか」と尋ねると、「そうです。白血病で16歳の時に逝きました」と。その奥さんとしばらくしゃべりました。
 その奥さんはおっしゃいます。この子が死んだ時は悲しくて悲しくて、この子のことを忘れたことなどなかった。けれども、何年か経ってくると、この子のことを忘れることの方が多くなってしまった。だからこの子のことを忘れないように、こうして月参りに来てもらうのだと。
 さらに続けられます。この子はサッカーが好きだった。補欠で下手だったけれども好きで、一生懸命だった。私はなまくらで、ついつい怠けぐせが出てしまう。けれども、この子の一生懸命サッカーをしていた姿を思い出すと、生きることに怠けてはいけないと思える。
 おそらく息子さんを亡くされた直後は、「この子のために仏事を」と考えておられたのでしょうが、今は「この子から教えられている」とおっしゃるのです。東本願寺参拝接待所に、こんな文字が書かれています。
亡き人を案ずる私が
亡き人から案ぜられている
 人が亡くなって何年か経つと「年忌法要」というものが勤められます。この仏事を勤める意味は、まず「亡き人を偲ぶ」ということがあるのでしょう。
 平生の生活の忙しさの中で、故人を思い出すことが少なくなることはあります。年忌法要を勤めることで、亡き人をしっかりと思い出し、亡き人とどのような出会い方をしていたのか、今はどのような出会い方をしているのか確認するのです。時が経ち、亡き人のことを知らない若い方々に、この人の人生が確かにあったことを伝えていくのです。そして、そのことを通して、亡き人がこの私にかけられた本当の願いを知るのです。




◇ 如来のみ教えに遇う ◇

【亡き人のためから】
 亡き人を縁として勤まる年忌法要。これは誰のために勤めるのでしょうか?。そんなもん御先祖様のためにきまっとる、とお答えになる方が多いでしょうね。
 それでは何故御先祖様のために勤めるのでしょうか?。一つには年忌法要を勤めないと御先祖様が怒るからとお答えになる方が多い。もう一つは、御先祖様は私に土地や家や財産の遺してくださった、これに感謝するのだという方も多い。
 一つ目の答について。御先祖様は年忌を勤めなかったら怒ってどうするのか。おそらく祟(たた)り≠ェあるのでしょう。それでは御先祖様は、自分の年忌を勤めてくれなかったからといって、親しい人に厄(わざわい)をもたらすような、むごい人だったのでしょうか?。私は死んだ後、親しい人の不幸を祈るような悪霊になるのでしょうか。
 二つ目の答について。御先祖様が私に具体的な物を遺してくださった。それはそれで尊いことです。ならば、何にも遺してくださらなかった、もしくは借金を遺していった。そうしたら、感謝のために仏事を勤めないのでしょうか。
 「亡き人のために年忌法要を勤める」。これは尊いようにみえて、実はどこまでも私の自我≠中心とした利己主義の心が表れているように思えます。
 上記「亡き人から教えられる」のところに書いたように、亡き人の死後の幸福を願って仏事を勤めていたけれども、時間が経って逆に亡き人から教えられる私≠ナあったと気づかれた。これは亡き人が仏としてはたらきを表されたという意味なのでしょうね。
 

【私のために】
 私たちのいつもの生活は損・得を基準にしています。しかしです。その判断をしている私≠ニいうものを疑ったことはありません。私≠ヘ絶対に正しい。そのことが、私≠フ回りを傷付け、私℃ゥ身も傷付けていることに気づきもしません。
 仏教を聞く、如来のみ教えに遇うとは、仏の教えを通して、平生の生活では疑ってみたこともない私≠フすがたを知らされるという意味なのです。
 年忌法要は、亡き人のためではなく私のために勤める。これは私の損得のために勤めるのではなく、損得でしか生きていない私の罪を仏教から教えられるために勤めるのです。




【年忌法要の準備】
 年忌法要は上述のように「亡き人を偲ぶ」という意味があります。ですから、亡き人の命日前後に勤められるのがよいでしょうね。なお、年忌法要は祥月命日を過ぎて勤めてはならないと言われる人があります。それは仏教では関係のないこと。祥月命日を過ぎてお勤めになっても結構です。
 親族、親戚のご都合の良い日を決めてください(2案、3案まで)。そして良覚寺にお電話ください。住職の時間の許す限り、家人のご都合に合わせます。その時に、誰の年忌なのか、参詣者の人数、お斎(とき/仏事後の食事のこと)の有無をお教えください。年忌法要は土・日・祝日に依頼が集中します。ご依頼はできるだけお早めに。蛇足ですが、午後からの年忌法要を依頼される場合、突然の葬儀が入れば時間が延びることになります。あらかじめご了承ください。
 日時が完全に決定したならば、参詣者に案内を出します(案内状の例)。
 当日までに準備することとして、朱蝋(赤い蝋燭/法要1時間以上もつもの)、線香、輪燈に電球でなく油を使っておられる家はそれの準備もお願いします。打敷(うちしき)・水引(みずひき)があれば荘厳してください(お内仏のお給仕をご参照ください/不明瞭なところは住職にお聞きください)。家人は念珠、家にあれば肩布(かたぎぬ/門徒(もんと)用の袈裟)・ 勤行本(ごんぎょうぼん/お勤め用の本) など。
 当たり前のことですが、家の清掃はもちろん、家具類を動かすことも考えなければなりません。案内した人数に応じた茶碗や座布団なども用意しておきます。
 参詣する時のマナーとして、念珠・お持ちならば勤行本・肩布・御仏前・御供等を持参し、約束の時間の20分前には着座し勤行を待ちます。




【当日の流れ】
 当日、時間が近づいてきたなら、施主をはじめ親族は着替えをします。
 参詣者が参られたら、まず御本尊に合掌するのが本義です。その後、施主は参詣者に謝辞を述べます。ですから施主は玄関先で待つのではなく、一番上座で参詣者を待つべきでしょう。
 当日、住職はまずお宅にお伺いし、「控えの座」に着座します。そこで装束を整え、お茶を一服いただきます(これは口を濯ぐという意味がある)。施主(または施主に準ずる人)は、住職の装束が整ったのを見はからい、蝋燭を点灯し線香を燃香します。そして参詣者のお茶碗をひきます。
 そこで、施主は参詣者に対して、この年忌法要は誰の法要で何回忌なのかを述べ、住職に勤行を依頼します。
 普通ならば、そこから住職の勤行となるのですが、良覚寺の住職の場合、そこから年忌法要の式次第に関してオリエンテーションがあります。約5分の説明の後、勤行となります。
 その後、あれば御斎(おとき/仏事の後の食事)となります。




【年忌法要次第】
 良覚寺では「年忌法要」をどのように勤めているのでしょうか?
 「年忌法要」前には、必ず法要のオリエンテーションを行い、何を勤めるのか、どうすればよいのかを説明します。
《勤行に慣れておられる家〜1時間強》
○法要の前にオリエンテーション
先 総礼(合掌し念仏を称えます)
次 伽陀 先請弥陀
次 仏説無量寿経
次 短念仏
次 三重念仏
次 懸和讃
次 回向 我説彼尊功徳事
次 総礼
次 正信偈 『真宗大谷派勤行集』P3
次 念仏和讃淘三
   和讃 弥陀成仏のこのかたは次第六首『真宗大谷派勤行集』P33
次 回向 願以此功徳『真宗大谷派勤行集』P49
次 総礼
○法話
○御文拝読
《勤行に不慣れな家〜1時間弱》
○法要の前にオリエンテーション
先 総礼(合掌し念仏を称えます)
次 伽陀 先請弥陀
次 仏説無量寿経
次 短念仏
次 三重念仏
次 懸和讃
次 回向 我説彼尊功徳事
次 総礼
次 正信偈 『真宗大谷派勤行集』P3
次 同朋奉讃式 和讃・弥陀成仏のこのかたは
   念仏 『真宗大谷派勤行集』P97
   和讃 『真宗大谷派勤行集』P98
   回向 『真宗大谷派勤行集』P101
次 総礼
○法話
○御文拝読
 式次第をみても、何が書いてあるか分からないと思いますが、法要前のオリエンテーションの時に法要の式次第と解説を書いた冊子をお配りします(それも人数分お持ちします)。




◇ 2009年度年忌表 ◇

1周忌 2008(平成20)年
3回忌 2007(平成19)年
7回忌 2003(平成15)年
13回忌 1997(平成9)年
17回忌 1993(平成5)年
23回忌 1987(昭和62)年
27回忌 1983(昭和58)年
33回忌 1977(昭和52)年
37回忌 1973(昭和48)年
43回忌 1967(昭和42)年
47回忌 1963(昭和38)年
50回忌 1960(昭和35)年
100回忌 1910(明治43)年








□ 新しい仏事へ □
□ 行事予定へ □




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