【「法話/説教」を考えよう】
 「法話(ほうわ)」「説教(せっきょう)」という言葉を聞いて、すぐにどういったものか分かる方もあると思うし、それが何なのか全く見当も付かない方もあるでしょう。『岩波仏教辞典』は、「説教」とは「経典や教義を説いて民衆を教化すること」とあり、その異名の一つが「法話」であると定義しています。「説教」は「仏の教えを説く」ことでしょうし、「法話」は「仏の法を話す」ことでしょう。つまり、お坊さんが仏教・仏法について人前で語ること≠ェ「法話」であり「説教」です。
 日本での「説教」という言葉の初見は聖徳太子時代だそうですよ。今のように演説形式≠フ説教/法話は法然(ほうねん)上人・親鸞(しんらん)聖人といった浄土系鎌倉新仏教の祖師達の頃に確立されたそうです。それまでは、説教というものは僧侶の世界だけのものであり、高僧が学僧に説くという形式だったのでしょうね。法然上人、親鸞聖人の頃に、民衆≠ノ説教するということが始まったのだと思います。
 本願寺第八代の蓮如(れんにょ)上人は聞く≠ニいうことを非常に大事にされましたので、浄土真宗教団において「説教/法話」は発展を遂げました。その発展とは、仏教説話の創造であったり、節談説教という芸能的部分の発展であったり、多岐にわります。
 戦後、芸能的な節談説教や一部封建的な内容を含む近世の仏教説話も近代化≠フ名のもとに衰退していきます。僧侶が既成教団の関係大学などで資格≠取得できるようになると、仏教を知的にしか理解しない僧侶が急増します。法話/説教というより、仏教知識の伝達という内容しか持ち得ない講義≠オかできない僧侶が増えることは、仏教を生活から乖離させるだけ。
 現代、私(住職)も含めて法話/説教のできる僧侶が少なくなっていますね。あと、法話/説教のことをマジメに考えようとする僧侶も減りました。

 法話について考えたいとお思いの僧侶、嫌々ながら法話をしなければならない僧侶、寺院の法要に参詣し法話を聴聞する人、年忌等の家庭の法要で法話を聞く機会を多くもつ人、葬儀・通夜といった世間付き合いのなかで法話を聞いたことがある人・・・色々とおられるでしょう。
 このコンテンツでは、現代の法話の在り方を考え、近世に栄えた節談説教等の良い部分を考えつつ、新しい色々な法話の形態を模索したいと思います。
 ご意見、ご質問、情報、おしかりを頂けたらうれしいのですが。




◇ 法話のなかの対話 ◇

【プロテスタントの通夜=z
 私の友人の僧侶がキリスト教徒の通夜≠ノ参詣にいかれました。プロテスタントだったそうです。プロテスタントでは通夜≠ニ言わずに「前夜」とか「前夜式」、「前夜の祈り」というそうですが、調べてみるとプロテスタントの「前夜式」に決まり決まった型はありません。しかし、私の友人が参列した「前夜式」で行われた説教のスタイルに驚いたそうです。
 まず、祈り、賛美歌等々、殊更変わったことなく式が進行されていく。そして説教=Bそこで、まず牧師がしたことは、参列者一人ひとりに故人との関係、想い出を尋ねることだったそうです。一人の参列者が故人のことを語る。すると牧師はその言葉をうけて、聖書を開く。あなたと故人との関係は聖書のこの部分に書かれていることです、あなたの故人への思いは聖書のこの部分に書かれています、、、その牧師は参列者数十人と対話をしながら、しっかりした説教を展開したわけですよ。
 

【法話に中に展開する「同朋唱和」】
 私(住職)も良覺寺門徒の年忌法要、通夜、中陰等々で短い法話をするし、たまにお寺の法要に呼ばれて法話をすることもあります。それは何の違和感もなく講演会形式≠ナ行ってきました。つまり、一方的に話し手が喋る、参詣者は聞く、、、という構図を当たり前のこととして行ってきたわけです。私はたまに参詣者に何かを尋ねることもありますが、それは軽い質問であって、そこには「参詣者と共に法話をつくっていこう」という意識はありませんでした。
 私の友人から聞いた「プロテスタントの通夜=vの話には驚かされましたよ。まず、牧師に相当の実力──聖書や教義に関する深い理解──がないとできない行為ですよね。そして、前夜式参列者も自分が喋る覚悟≠持ってその場に来ているから、大人数の前で臆することなく故人との想い出を話すことができるわけです。話しているときの聴衆の雰囲気も重要ですよね。説教者でない人が喋りやすい雰囲気というか、聞こうという態度なんでしょうね。
 牧師を中心とし、その場にいる故人と関わりを持った全ての人が「前夜式」を作ろうとしている。これが本当の意味での「同朋(どいうぼう)唱和 (しょうわ)」なんですよね。「同朋唱和」ということの意味を、「正信偈(しょうしんげ)」「和讃(わさん)」を全ての人が声を出して勤めることにとどまって理解していた自分の狭さが知らされた思いです。そこに居る全ての人が、その儀式を作り上げようと声を出す、語ることも「同朋唱和」なんですよ。
 法話に中に展開する「同朋唱和」。こう考えたとき、講演会形式≠ニいう法話の型に囚われることもないんです。対話を通して法話を展開してけばいい。


【「寄り合い談合」】
 の口癖のひとつは「寄り合い談合せよ。ものを言え」でした。つまり、自分の聞いた仏法、仏教というものを、自分のなかだけで理解しようとせず、まず他者に喋ってみよ、と。他者は違う聞き方、とらえ方をしているかもしれない。話し合いのなかで、自分の聞き方の問題点を見出すこともできる。自分の仏教仏法の聞き方が必ずしも正しかったわけでないことを知らされる。自分勝手に聴聞することを蓮如さんは「得手に法を聞く」と言われましたが、得手に法を聞いていた自分のすがたが知らされる。これを繰り返すことで、聴聞の深さと幅で出るのだ、と。
 この「寄り合い談合」はある意味で本願寺系浄土真宗教団の最大の武器でした。ただ、聞くだけではなく、聞いたことを喋ることで自らの信仰を深めてきた歴史が我が教団にはあるんです。今でも、研修会や聞法会といえば、「講義・講話・法話」→「座談会・話し合い」という形式をとることが多くあります。
 ただ、講演会形式≠フ講義、講話、法話が主流になりつつあり寄り合い談合の数も減りました。そりゃあね、聞きっぱなしの方が楽にきまってるから。厳しく聴聞をする、なんてことは坊主のほうが苦手やしね。高名な大先生に講演会形式で講義をやってもらって、「いい話でしたね」とかいって終わる。こんなことが増えてきてますから。研修会等でもそうなんだから、いわゆる法要の法話のあとで座談会があるということも減ってきました。
 対話形式の法話、法話のなかに対話を盛り込むということは、法話のなかに寄り合い談合のシステムを入れることになりますね。


【信仰告白と告白批判〜呼応の法話】
 浄土真宗の報恩講(ほうおんこう)には信仰告白と「改悔批判(がいけひはん)」というものがありました。信者(門徒(もんと)という)が自分が頂いた信仰というものを参詣者の前で告白する(信仰告白)。すると、僧侶がその信仰告白に対して批判する。これは蓮如(れんにょ)さんの頃に始まったと言われますが、信仰に対して真摯であり非常に厳しかった蓮如さんらしい行いですね。今では蓮如さん作と伝えられる『改悔文(かいげもん)』を拝読する、本山報恩講中には御門徒が感話をする、それに応えるかたちで本山で報恩講中に行われる法話を「改悔批判」と呼ぶ、といったかたちは残っていますが、信仰告白とそれへの批判という内実はなくなりました(言い切っていいのか?)。
 対話形式の法話は、このかたちを復活できますね。対話が非常に深いものになったとき、それは参会者の信仰告白に成りうる。その信仰告白に対して応答できる実力をもった法話者である場合、それは「改悔批判」となる。

 寄り合い談合といい信仰告白とそれへの批判といい、本願寺教団は昔からすごいことをやってます。私らが新しい≠ニ思ってやろうとすることは500年も前からやってるわけですし。なくなったり、簡略化されたり、その意味を問わなくなったり、500年かかって腐らせたわけですが。
 



◇ 節談説教 ◇

【節談説教】
 「節談(ふしだん)説教」とは、要するに節を付けたお説教=B習練された声と節回しを巧みに駆使し、聴衆に真宗の教義を説く教化方法です。これは浄土真宗独自の教化方法だったそうですよ。今みたいに「講演会形式」の説教の歴史は浅く、説教はもともと芸≠フ要素が強かったみたいです。というか近世においては「節談」が説教だったわけです。芸≠ナすから、話が練られてます。笑わせ、泣かせ、教義を伝える。
 近代に入り、こういった節談は廃れます。これも時代のニーズだったのでしょう。戦後、真宗教団指導者は節談を揶揄したり、禁ずるような発言もしました。節談が全ていいとは言いません。問題もたくさんあります。しかし、教化方法として節談もありだと思いますね。
 節談について、もう少し学び、この欄で展開します。  ちなみにこの節談、日本における話芸のルーツと言われ、落語の祖である安楽庵策伝は誓願寺(浄土宗西山深草派総本山)の住職だったそうです。




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